音楽も本も写真もデジタル化された今、物を増やさなくていいのはいいなと思います。今、自分が二十歳ぐらいだったら一体どういう生活をしていたのかと想像してみることがあります。なんせ服もあんまり買いませんし、ミニマリストに近い生活になっていたのか・・・もなんて思います。
本も今は半分は電子書籍で読むようになりました。アマゾンの本のサブスクも入ってるし、持ち運びもタブレット一つあればいいので便利ですし、購入も簡単ですし。
それでも本は今でも紙の方が好きです。紙の本にはその良さがしっかりあります。
電子書籍で本を読むと意味は理解しても頭にあんまり入っていない気がするんです。
これはなんでしょうね。だから特に参考書は基本的に紙の本を買います。
あと洋書ですね。これは今は買うなら電子書籍が多いです。辞書機能も使えますし。
それでも先日、本棚を整理したんですが英語のペーパーバックが50冊ほど出てきました。冊数としては結構読んだんだなと思いました。アメリカのジョン・グリシャムの小説などもありました。そういえば、、読んだ記憶はあるなぁ・・でも、どんな内容だったか全然覚えてないな。。
外国語で読むと頭に残らない・・ということないですか?
たとえ読んだときは理解していても頭に定着しないんです。腑に落ちていないというか。
であれば、何のために英語(外国語)を勉強するんだろうと、すごい基本的なことを考えました。
英語を使わないと高等教育を受けられない母国語の場合はしかないのでこれは分かりますが、日本語ができればどんなことも学ぶことができます。
僕が10年前に洋書を辞書を引き引き読んでいたころは、まだ未来に希望があったんだと思うんですよ。洋書や英字新聞がいつかスラスラ読めるようになりたいとか。
実際にしっかり研鑽を積めばそういうこともできるとは思いますが、そこにかかる労力と時間の割に成果は見込めない気がしてきました。
であれば、やはりコミュニケーションを第一に置くべきなんでしょうね。
(とりとめがなくすいませんが、考えたのはここまでです)